イギリス動物福祉の歴史

 動物保護の歴史を学んで何かいいことがあるのかとクリックしたあなた。以下はオンライン動物福祉のサイトにあるイギリスの歴史を訳したものですが、「動物保護の歴史を知ることは重要である」といきなり冒頭から飛ばしています。
 その理由として「過去における動物福祉の問題、その対処法、そしてその成果を歴史の動きで知れば、同じ間違いを冒さないようにすることができる」からだそうです。とは言っても、歴史は繰り返すので同じミスをしないとは限りませんが…。
 「成果を踏襲し、人間社会の中で動物がまともな扱いを受ける将来へのプロセスを少しずつでも進歩させることができる」という箇所で同意し、動物虐待のニュースがあまりにも多すぎて、私たちが思い描く世界は夢物語だ、無理だ、できっこない、と時として投げやりな気持になる私は、以下の文にハッとさせられるのです。

以下は動物福祉オンラインより転載

 私たちはその変化の全部を自分の目でみることはできないかもしれないが、歴史における成功を理解することにより、今やっているあるいはやろうとしている努力が確かに正しい方向へ向かっているということを感じることができる。

 動物愛護の歴史が一番長いといわれるイギリスでさえも、まだ200年。虐待のきわみを行っていたイギリス人がたった200年でここまで来た。日本がイギリスより100年遅れているとしたら、あと50年で日本はイギリスに追いついているのではないでしょうか。100年たったらもしかして日本のことだから追い越してノウハウを逆輸入にしているかもしれない。私はそれを自分の目でみなくても良い、その日へと向っていると感じて生きていけさえしたらと思います。なのでできるだけ早く追いつき、追い越すために先達の足跡を知ることが大切なのだと、そういうことなのです。

以下は動物福祉オンラインより転載

イギリスの動物愛護の歴史

 最も重要なことであるが、動物保護の歴史を見れば、それが社会の変化、政治、文化そして経済と切り離して考えることはできないということである。国によって歴史的見地が違うかもしれないが、ここではイギリスでの動物福祉の動きを主に追うことにする。イギリスは動物保護に関しては一番長い歴史があり、その動きはヨーロッパや北米の動きの歴史と並行している。

動物に対する人間の態度

 1500年から1800年にかけてのイギリス人の伝統的な動物に対する考えは「世界は人間のために存在しており、他の種はすべて人間の従属な存在である。ゆえに好きなようにしてよい」というものであった。しかし動物と人間の生活は密着しており、たとえばペットを飼うことが一般的になったのは1700年代という早い時期である。 18世紀のジェレミー・ベンサムの有名な言葉がある。 “問題は「動物が理性的であるか。話すことができるのか」ではなく、「彼らは苦しむのか」なのである。”  これが動物保護活動の基礎的理念となる。同時期多くの作家や詩人が動物に同情をよせ、虐待に関して批判をするようになった。人間と動物の関係は、農地改革、経済成長、政治により変化を見せ始める。19世紀のイギリス産業革命により、生活は都市化し、自然世界に対する意識が変わってきた。人々は動物に接する機会が少なくなり、労働力としての動物に依存することも減ってきた。そこでペットとしての動物との関係が深まるのである。19世紀までにはペットを家で飼うことはイギリス人にとって普通のことになった。動物の位置が以前より上がったということであろう。

飛躍的進歩

1781年、動物に関する最初の法律が成立した。ロンドンのスミスフィールド・マーケットの牛の扱いに関する法律である。1786年には屠殺のライセンスを要求する法律ができた。また法律化はしなかったが1800年に闘牛を禁止する書類も国会の議事録の中に見られる。

1822年リチャード・マーティンによる牛の取り扱いに関する虐待禁止法が国会を通過した。これは動物福祉に関する世界初の国会法であり、虐待にあっている馬、羊や牛といった多くの動物たちを守るためのものである。

1824年 the Society for the Prevention of Cruelty to Animals (後の R SPCA in 1840) が設立された。この同盟は主に法の施行と起訴に力を注いだ。1835年、法律は改訂され、適合範囲を拡大し、その効力は犬や猫などにも及んだ。アメリカの初の動物保護団体 the American Society for the Prevention of Cruelty to Animals が1866年に設立され、1900年までにはアメリカでは数百の保護団体が発足する。

1860年、ミセス・マリーテルビーはロンドンで「迷子の腹のすかせた犬の仮ホーム」と名づけられた後にバタシードッグホームとなる動物福祉団体を設立した。野良犬に家を提供する世界初の団体である。

1870年の初頭、それまで使われていた爬虫類に代わって犬や猫が実験に使われるようになった。それを受けて、British Union for the Abolition of Vivisection and the National Anti-Vivisection Society. といった動物実験反対の団体が1870年代に設立される。(R) SPCA は動物虐待の一環として動物実験も含んだが、法律は1876年まで実行されなかった。世界初の動物実験に関する法律であり、ライセンス手続きの規制や視察導入などを法制化した。

1906年ブラウン・ドッグ事件として有名な事件が起こる。医療研究所で科学という名のもとに非常にショッキングな虐待の実験実態を二人の医学生が白昼のもとにさらしたのであった。 この事件を記念して世界動物実験反対カウンシルがロンドンのバタシー・ドッグス・アンド・キャッツ・ホームにブラウン犬の銅像を立てるのである。1年後、医学生100人がこの銅像を撤去しようとしたが、地域住民が差し止めた。このような騒ぎで、今まで闇の中で行われていた動物実験の実態に関して、多くの人の耳目を集め、マスコミで多くの議論が交わされ、数千人の人がトラファルガー・スクエアで動物実験反対のデモ行進を行う。

翌年の1911年 従来の動物保護法を強固にしたthe Protection of Animals Act が国会を通過したが、第一次第二次世界大戦時は活動は活発ではなかった。哲学者リチャード・ライダーは「社会的問題に対する意識は戦争下においてマヒする」とコメントを残している。

1960年になると食用動物へのひどい虐待が明らかになり、世間を震撼させる。1964年にルース・ハリソンが刊行した「アニマル・マシーン」が民衆と政府への気づきの原動力となり、世論、激討論が高まっていくのであった。

素晴らしい動きは三つのステージを経なければならない。 まず物笑いになる。討論がかわされ、そして適用される。ジョン・スチュワートミル

1967年、ピーター・ロバートは農場動物虐待反対のためのCompassion in World Farming to protest against the abuse of farm animals.を設立するも、公的にも法的にもさして変化はなかった。

1970年代は動物の権利や虐待防止に対する民衆の意識が高まりはしたものの、政府が効果的な対策を打ち出さないことに活動家は失望していた。この時期、名高い動物活動家であるピーター・シンガーの著書は多くの活動家に影響を与え、動きに拍車をかけ、デモやプロテスト、署名活動が活発に行われた。また1970年以来、実験所や農場から動物を剥奪したり、狩猟や研究所、ブリーダーへの妨害活動が活発になり、動物の権利について民衆の目を開かせ、論争を巻き起こしていく。

1970年以降、動物保護の動きは二つのカテゴリーに分かれていく。動物福祉と動物の権利である。動物の権利を信じる人は動物の生に対する本来の権利を信じる。動物は生きていくうえで基本的な権利があると考え、虐待や侵害を受けない基本的な権利を確立させなければならない。 動物福祉を唱える人は人道的に扱えば動物は人間の使用のために存在するという考えを持つ。両者とも動物保護団体と名乗り、常に議論の的であるが、「福祉」も「権利」もただの哲学的な相違であり、実は両者とも動物に対する憐れみであり、気にかける心であり、敬意であるという人もいる。

2002年、ドイツは次世代のために自然界の生物と動物の保護に国家組織で保護責任を持つと明記した声明を発表した。国をあげての保護をうたうヨーロッパで最初の国である。スイスも動物を生あるものとして保護の規定を憲法にとりいれた。この2カ国が動物の位置づけを法的システムにまで取り入れたことにより動物保護の動きの歴史的なマイルストーンとなったのである。

ヨーロッパ統合により、ヨーロッパ全土に動物福祉の強力な執行力が広まった。1997年の同盟条約により、各国が動物実験、動物輸送、農場、海外市場などの分野で法律化しようとするとき、ヨーロッパ連合の基準が基になるよう律した。

アジア、南米、アフリカなどの植民地にも動物保護団体の設立の影響は及んだ。何十年も前から犬や猫の問題を解決しようとあちこちでグループが設立されている。その設立者の多くはヨーロッパからの白人であったが、今日では現地の動物問題の解決にあたっている多くの機関は、現地の人たちで構成されるようになってきている。

ここ数十年、イギリスと北米のグループはキャンペーンの焦点を自国から海外へ移し始めている。捕鯨、アザラシ、熊農場、動物の長距離輸送、ブッシュミートなどのいろいろなキャンペーンを展開し、国際的な警鐘と支援を求めている。今まで動物保護など意識にのぼっていなかった多くの国の人々もこれらの活動に刺激を受け、自分たちで保護活動のプログラムを作るようになっているが、開発途上国の動物保護活動は長期のサポートとリソースが必要である。

動物保護の動きは歴史においてかなり最近のことである。多くの国はイギリスのように200年の歴史を持っていない。しかし、地球規模での動物保護を目指し、より多くの個人が、グループが、畑を耕し種をまき始めているのは確かである。